イタリアでも東奔西走の記
2012.8.30 ミラノ

水平飛行に入って間もなく、マイクをとった機長が片言の日本語で言いました。
「みなさん、イタリアへ行きましょう」
その瞬間に、私はまだ見ぬイタリアがいっぺんで好きになりました。

空にいた12時間は、とにかくイタリア漬けです。ガイドブックを読み、『テルマエ・ロマエ』を観、ゲーム感覚でイタリア語を学ぶというプログラムに挑戦。あいさつと20までの数、右左だけはしっかりと覚えました。

17時半、ついにミラノ・マルペンサ空港に到着。ミラノはイタリア北部の都市。スイスにも近い、長靴の履き口うえあたりです。

初めてヨーロッパ大陸を踏んだ感慨に浸るのも束の間。盗られたスラれた気づかなかったの話をさんざん聞かされてきたので、そのへんを歩くひとたちがみな私たちのバッグを狙っているように見えてきます。斜めにかけたバッグはもちろんからだの前、カメラも前、なおかつ周囲に不審な人物がいないか目を配りながら、まずはホテルを目指します。

案内に従って、マルペンサ・エクスプレスの乗車券売り場へ。自動発券機もありましたが、なにがなにやらさっぱりなので、窓口で購入しました。料金は11ユーロ。

日本と違って、イタリアの鉄道には改札がありません。つまり誰でもホームまで行けてしまうし、乗車もできてしまうのです。代わりに車内で検札があり、そこで乗車券を持っていないと高い罰金を払わされるという仕組みになっています。

ホームへ下りる前に、まずは乗車券に打刻しなくてはいけません。これを忘れても罰金を払わされるそうです。前のひとを真似て、無事に打刻完了。ホームへ下りていくと……

いました!これがマルペンサ・エクスプレス。なんだかでっかく感じるのは、ヨーロッパの鉄道が標準軌(1435mm)だからでしょうか。日本でいうと新幹線の大きさ(広さ?)です。これが空港とカドルナ駅とを結んでいます。

マルペンサ・エクスプレスは自由席です。車内にはスーツケース置場が設けられていましたが、盗られたスラれた気づかなかったの恐怖におびえる私たちは、席までごろごろ。4人がけのボックスシートをふたりと荷物で占領する格好になってしまい、大丈夫だろうかと心配しましたが、隣のボックスシートではおしゃれなミラネーゼふたりがハンドバッグで席をふさいで平気な顔をしていたので、良しとしました。

列車が走りだしてまず驚かされたのは、ミラノの美しさにではなく、落書きの多さにでした。線路脇の壁はもちろん、車両そのものにもひどい落書きがしてあります。これはスプレーがよく売れそうです。

約40分で終点カドルナ駅に到着。すっきりとした駅で、続々と列車が発着しています。おや、ここには自動改札がありますね。

 

次はタクシーに乗ります。乗り場を探して駅を出た私たちの目に飛び込んできたのは、なんとも味のあるトラム!あわてて写真を撮りました。

 

タクシーにまつわる嫌な話もいくつか聞いていましたが、私たちの乗ったタクシーの運転手さんは親切でした。とはいえ、まだ右も左もわからないので、もし遠回りされていても気づけないというのが本当のところです。

10分ほど走って、目的のナヴィリオ・グランデに到着しました。ナヴィリオとは運河のこと。大聖堂の建設に使う石材を運ぶために掘られ、のちに埋め立てられた運河の名残が、ここにだけとどめられているのです。ミラノ市街地の地図では、左下の隅にかろうじて掲載されています。

ミラノに住んだ須賀敦子は、失われた運河についてこう書いています。

「いまでも、タクシーに乗ると、目的地へ行くのに、ナヴィリオの環をまわりましょうか、といわれることがあって、外国人の私までが、古い運河や、かつて運河をとりかこんでいた、自分の知らないミラノの街並、水のあるミラノの風景を失ったことが、ふと悲しくなる。」 (「街」『コルシア書店の仲間たち』)

私たちの宿は、18世紀の建物をリノベーションしたという運河沿いのホテルです。中へ入るなり、フロントのお兄さんふたりの格好よさにノックアウトされてしまいました。端正な顔立ちに、完璧なスーツの着こなし。『LEON』のモデルさんかと見紛うほどの隙のなさです。それでいてにこにこ愛想がよいのですから、惚れずに帰国した自分を褒めてやりたいくらいです。

ホテルは中庭を囲むようにして各部屋の扉が並ぶ、いわゆる「手すりのある家」のつくりになっています。かつて「手すりのある家」といえば、あまり裕福でないひとたちが住むものと思われていましたが、近年は個性的な暮らしを求める若者やアーティストに人気があるそうです。好きなように部屋を改築してよいのも、人気の理由だとか。日本と同じですね。

ホテルのお部屋も、大変オシャレです。天井の梁は昔のままなのでしょうか。


 

無事ホテルに到着し、爆破犯のように腰に巻きつけていた貴重品を金庫に入れて、ようやくほっとしました。さほどおなかもすいていなかったので、今夜はミラノ名物「アペリティーヴォ」で夕食をすませようと思っていたら、雨が降りはじめてしまいました。傘を差して出かけます。

あ、本屋さん発見。

さて「アペリティーヴォ」とは、イタリア式のハッピーアワーのこと。夕食の時間が遅いイタリアでは、食事の前に1杯飲む習慣があったことから、18時〜21時頃までの間に、ドリンク1杯分の代金で前菜やおつまみが食べ放題になるという素晴らしいシステムが生まれたのだそうです。

ナヴィリオ・グランデ沿いには、アペリティーヴォをやっているお店がいくつもあります。私たちは「BAR STAZIONE」というところに入りました。訳せば「駅」。9ユーロでドリンク1杯に食べ放題がつきます。

フライドポテト、ピザ、ブルスケッタ、ラザニア、茄子のグリルなど数種類の食べ物が並んでいました。どれも冷めているのは仕方ありません。

音楽にあわせてノリノリで踊るマスターを見ながら、イタリアはじめての食事を楽しく終えました。

 
ホテルに戻って、テレビをつけてみます。すると勉強してきた単語が耳に飛びこんできました。「オッジ(今日)」「ドマーニ(明日)」など、雑誌のタイトルに使われている単語もたくさんあります。新しく学んだのは、「METEO」が天気予報だということ。雨マークが並ぶMETEOに肩を落としたところで、31時間あった私たちの8月30日は幕を閉じました。 (N)